制作法

御所人形の制作法には用いる素材によりさまざまな種類がありますが、伊東家では初代庄五郎の頃より、代々「木彫法」による制作を続けています。
完成したその姿からはうかがい知ることはできませんが、素材には30年以上も自然乾燥させた桐の木を用いています。
また、御所人形の最大の特徴である白い肌の光沢は、細かな部分まで彫刻した桐の木地に胡粉(牡蠣の貝殻の内側の部分をすりつぶしたもの)を50回ほども塗り重ね、磨くことによって出る独特のものです。
この「木彫法」によって作られる人形は、粗彫りから仕上げにいたるまで多くの工程を踏まねばならず、完成までに一年近い時間を必要とします。
現在ではその手間を嫌い、「木彫法」という御所人形の伝統的技法を守る人形師はきわめて少なくなっていますが、伊東家では100年、あるいは200年たっても「修復できる」という意味において最良とされる「木彫法」による制作が当代まで変わることなく伝承されています。

木彫りであること

木彫りであることは初代庄五郎以来、伊東家の御所人形制作において最も重要なことです。
完成までに約1年を要するこの「木彫法」で人形を作る人形師は現在ではほとんどありませんが、「天皇家からいただく人形は落として割れるようなものであってはならない」という古くからのこだわり、また木彫りのものは百年、二百年たっても「修復できる」ということからも、伊東家では現在にいたるまでこの技法で制作を続けています。
この点だけはこの先どんなに時代が変化しようと決して変わることはないでしょう。

素材・道具

素材には30年以上乾燥させた桐の木を使用しており、伐採後、20年から30年ほど天日にあて、乾燥させます。そして風雨に耐えて残った強い部分のみを使用します。
また、桐の木は柔らかく、手で彫らないと歪んだり、割れたりしてしまうことから木彫に使う道具は電動のものは一切使用しません。
その性質から彫刻家は「桐」という木を素材として用いることはほぼありませんが、伊東家ではこのあとの工程で塗り重ねていく胡粉との相性を考慮し、江戸時代より、代々が桐を素材として採用しています。

粗彫り

約1年をかけて制作する御所人形ですが、まずは粗彫りと呼ばれる工程から始まります。
幾種類もの彫刻刀を使い、顔の細かな表情まで木の段階で彫っておく。制作の基本中の基本ともいえる非常に大事な工程です。

上彫り

粗彫りの後、人形を半分に割り、中をくりぬき、3か月ほど乾燥させた後に再度、貼り合わせ、上彫りに入っていきます。
このあと塗り重ねていく胡粉の厚みを慎重に考慮しながら細かく彫っていきます。
目・鼻・口の位置はこの段階で決定され、これ以降の工程で変更することはできません。
上彫りは作品の仕上がりを決定づける非常に重要な工程です。

紙貼り

上彫りができた人形は、このあとの胡粉塗りの前に、紙貼りを行います。
地味ですが、欠かすことのできない工程です。
紙は桐と胡粉をなじませ、つなぐ、大事な役割をはたします。
紙貼りには、粘りがあり、糊の浸透がよく、桐と胡粉との相性が良い昔の和紙、具体的には役所の帳簿や商家の大福帳などを使います。

胡粉塗り

紙貼りが終わると胡粉塗りに入ります。
胡粉は、牡蠣の貝殻の内側の白い部分を砕いて粉末にしたものです。
それをニカワや水などと配合し、こなし、液状にしたものを何度も塗り重ねていきます。
この胡粉作りは伊東家では秘中の秘。
その配合は親から子にのみ受け継がれ、書き留めることも許されません。
約30回、天日で乾かしながら、筆で塗り重ねていきます。

磨き

胡粉塗りが終わると磨きに入ります。
約30回、天日で乾かしながら、筆で塗り重ねた人形の表面は筆目だけではなく、木目が胡粉の水分を吸うことでボコボコしています。
それをまた滑らかになるよう、根気よく磨いていきます。
サンドペーパーを使用し40番→80番→120番→240番→400番と、だんだん細かなものに変えて、磨いていきます。

胡粉の上塗り

磨きの工程が終わるといよいよ胡粉の上塗りに入ります。
胡粉を塗る作業の最終仕上げ、大事な工程です。
「上塗り」の胡粉は3種の配合を用いて、約10回塗り重ねます。
「地塗り」とあわせると約40回、塗り重ねていることになります。
ほこりがつかないよう、細心の注意を払い慎重にかつ、刷毛目がつかないよう手早く塗っていきます。

ぬぐい

胡粉の上塗りが終わるとぬぐいの工程に入ります。
人形に息を吹きかけ、さらし木綿などを使ってぬぐっていきます。
時間をおいて3回ほど、ぬぐうことによって独特の光沢が出てきます。
江戸時代、人は人形師が胸元に人形を大事に抱え、息を吹きかけ磨く姿を見て、「人形師は人形に魂を吹き込んでいる」と言ったそうです。
うわぐすりや特殊な塗料などを塗らなくてもきちんと配合された胡粉を塗り重ねた人形はぬぐうことによって、深みのある光沢が出てくるのです。

顔描き

胡粉の上塗り、ぬぐいが終わると顔描きに入っていきます。
もっとも緊張する工程です。
まず、目から描きはじめます。
最初は薄い墨から、だんだんと濃い墨に変えていきます。
人と違って小さな人形は筆のわずか毛先一本のずれや、太さの違いで表情が大きく変わります。
目を描き終えたら次は眉を描きます。
薄い墨を、これも筆の毛先一本を使って何度も描いていきます。
眉は唯一、顔描きの段階で位置を決める部分なので、目や口とのバランスを見ながら、慎重に描きます。
そして、最後に赤で口を描きます。
これまでの白と黒だけの世界に赤が入ったとたん、人形に血が通い、命が吹き込まれたと感じる瞬間です。

髪付け・毛描き・衣装着け

顔描きのあと、髪付け、毛描きの工程に入ります。
「髪の毛をつける」のか、「髪の毛を描く」のか、それとも「頭に何か着ける」のか、人形全体の雰囲気を見て決めていきます。
人間と同じ、ひとりひとり個性がある人形、それを作品としてどう仕上げるか、大事な選択です。
それぞれの顔だちを見ながら、全体を見ながら、また、完成した姿を想像しながら、じっくり考え決めていきます。
そして、最後は衣装着けです。
これも人形の持つ雰囲気を見ながら、どんな色の、どんな衣装を着せるのかじっくり考え、決めていきます。
衣装着けが終われば完成です。
最初の工程、「粗彫り」からおよそ1年。
伊東家では、このようなサイクルで人形を作っています。